フィリピン大統領に日本人戦犯108名、特赦を決意させた人・・・加納莞蕾
まだ活発な余震が続いている熊本で、東日本大震災の折にも注目されたように、
被災した小学生から高校生のこどもたちが自主的にボランティア隊を結成し、
活躍している姿に、周りの大人は元気をもらっているというニュース・・・
この子どもたちの中から今後の復興に貢献する人も出てくるでしょう。
早く余震が治まり、前に進めるように手を合わせる思いでいっぱいです。
今、制作中の糸紡ぎのおばあさんから、機織りの母親 女性三代物語(?)
(4~5体)は、7月8日~9月4日名古屋テレピアホール「神の手・ニッポン展」
に展示しようと励んでいます。
同時に 7月16日~9月26日島根県安来市加納美術館 開館20年特別展としてお声がかかり、
先日行って来ました。
飯梨川沿いの山あいにある美術館で、素晴らしい備前焼のコレクションで知名度があり、
画家 加納莞蕾の画業を顕彰するために ご長男が設立された美術館だと聞いていました。
そして、加納莞蕾は戦後フィリピンのキリノ大統領に日本人戦犯赦免の嘆願書を何通も送り、
1953年(昭和28年)大統領声明でフィリピンに服役中の死刑囚59名、終身刑49名、
計108名に特赦が与えられたということも、何かに記事を見て知ってはいたけど・・・。
館に展示してある資料や館長から説明をお聞きし、改めて深く感動!
帰り際に、莞蕾の三女で名誉館長の加納佳世子氏から頂戴した著書
「画家として・平和を希う人として」
妻と3人の子を日本兵に惨殺されたキリノ大統領の赦免の真意は、
憎しみの連鎖を断ち切るーー憎悪を愛に変えることこそ世界平和の根源、
「赦し難きを赦す」という奇跡のみが恒久の平和をもたらす・・・。
これこそ、莞蕾自身の願いであり、信念・行動が大統領の心を動かしたのです。
そのため、ご家族のご苦労は並大抵のものではなかった筈・・・。
山深い所にある美術館ですが、この莞蕾の思想・哲学は、
今こそ、これからの世代のため必要とされるものです。
「未来に続く 平和を願う 次世代を担うこどもを育んでいくことが我々の使命」
と莞蕾は言っています。
こんな人がいたということを、全国の人に世界の人に、是非、知ってほしいと思います。
これも不思議なご縁の一つでしょうか。