きっかけは ブログのメッセージから
千葉県在住の86歳 元大手の商社マンだった方から、9月上旬、一通の手紙が届いた。
様々な原因で人が追い詰められたとき、
その緊張をほぐす役のできるオモチャ、人形を探していた。
自分は貿易屋なので、世界中を探せばなんとか集められるだろうと動いたけど、
希望通りの物を得るのは不可能だった。
創作人形の世界もいろいろと探したけど期待外れ。
そんなある日、インターネット上で 安部朱美のブログと出会い、
驚いて作品集を取り寄せられ、ブログ上にメールをいただいた。
昭和館などにも人形を見に行って下さったそうで・・・
そして、コロナが一段落したら 人形たちにゆっくり合いに行きます。
米子の海も見たい、私はとにかく海が好きです。
そういう形で、私の人形に目を止めて下さったことは嬉しかった。
その一ヶ月後、電話があり米子にお二人がいらっしゃった。
お一方は鎌倉在住で島根県出身、元大手ゼネコン勤務だった方
人形が常設されてる山陰歴史館、皆生OUランド、米子市観光センター、
キナルなんぶ にご案内し、我家に来ていただいた。
車中や食事の時、駐在されていた中国や北朝鮮のお話などを、大変興味深くお聴きした。
( キナルなんぶ(南部町) )
( 加納美術館(安来市) )
( 皆生OUランド(米子市) )
( 米子観光センター(米子市) )
「今年元旦にNHKの番組で、米子城跡は《絶景最強の城》に選ばれたんですよ」と何気なく言ったら、
「妻方に"荒尾”という親戚がありますよ」と島根県出身の方、
エッー! そういえば 米子城主で荒尾姓は聴いたことがある…
後日、米子城主のことを確かめようと
「米子の歴史」「鳥取藩池田家の殿様」などの本に目を通していくうちに
~目からうろこ(鱗)~
荒尾氏をきっかけにして急に視野が開け、今まで知らなかった身近な歴史が、実態が、
分かってきたような気がする。
岡山から鳥取へ
お国替えとなった池田光仲公(3才)の筆頭家老 荒尾氏が藩政の中心となり切盛りした。
そして米子城主を預かった。
そういえば、池田光仲公が始めたといわれる「麒麟獅子舞」を30年前に作ったことがある…
わざわざ米子に来られ、はじめてお会いしたお二人のお陰で
72才にして また又 新鮮な学びをさせて頂いた。