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人形作家 安部朱美 Blog ~ 風のささやき

人形作家 安部朱美のオフィシャルブログです。人形のこと、企画展のこと、そしてささやかな日々の出来事を気まぐれに綴っています。

Message

人形創りはいつの頃からか、自分の内面を探る作業ではないかと思うようになりました。 語り過ぎず、創り過ぎず、余白を作っておきたい。 観て下さる方、それぞれの想いを重ねてもらって人形が完成すると思うから。
           安部朱美

キナルなんぶの常設展示を展示替え

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南部町に 今年5月にできた複合施設〈キナルなんぶ〉ふれあい館の常設展示を、
この度、一部展示替えしました。

「女性三代・機の音」を「もちつき」に、
「かあちゃん 読んで」「おうまさん」を「新しい家族誕生」に、
そして 図書館コーナーの「生きるーいのち」を「ばあちゃん三人寄れば」に展示替えしました。

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来年、令和4年4月28日から7月3日まで 
鳥取県智頭町 国指定重要文化財〔石谷家住宅〕で人形展をすることになりましたので、
今度は、4月に展示替えをする予定です。

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カミングアウト・・抗癌剤治療中です

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エチオピア全土での非常事態宣言が出された 11月4日の新聞記事を見た。
敵対する北部の反政府勢力が南下し 徐々に首都アディスアベバに迫っている模様だと。

次男はアディスアベバを拠点にして 北部にあるナイル河の源流
タナ湖近くにある大学(飛行機で1時間)に
半月位仕事で通っているらしいので、本当に心配していたところに、
反政府勢力9派が同盟を結び、同国政府は緊迫の度を増していて、在エチオピア米大使館は
自国民に退避を呼びかけたとの報道。
そういう折に、次男から「ジャイカから退避命令があった」
とメールが届き、4日後に成田に着いたと連絡あり、ホッと胸をなで下ろしました。

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実は私 現在 抗ガン剤治療中です。
7月に乳がんの手術をしたのです。
甲状腺の経過観察で 6年位前から半年毎に医療センターに通っていたのに 
今年6月に「乳腺、分泌外科」というのが始めて目に飛び込んできたのです。
いつも待ち時間が長く本や新聞を見ていて、それまで気が付かなかった。
その前夜、お風呂で何気なく触れてみたら ゴロッとするものを感じて 
7月から始まるマンモグラフィの検診を受けようと思っていたところだったので 
私の順番になった時「もしかして乳ガンなんて診てもらえますか?」と言うと 
「エッ! 直ぐにマンモを撮ってきて下さい」と言われ、そして、そのマンモの影像を診られた
先生は「これなら大丈夫ですよ」「良かったです、安心しました」と私。 

今迄通り、血液検査と甲状腺にエコーを当てて診て頂き
「甲状腺も変化無しで 大丈夫ですよ
今のところ、ついでにここも診ておきましょう」
と乳房にエコーを当てられたところ 黒い影が発見され 針生検査。直径1㎝でステージ1 

マンモにも影らなかったのに ゴロッと手に触れたモノは勘違いだった。

意外にも それほどショックでもなく「エコーで見つけて頂きラッキーでした」

思わず出た言葉
2年後にマンモ検査で見つかったときは、もっと大きくなっていただろう、
転移していたかもしれない。

医大から 火曜日だけ出張で来られる先生で
その道の名医と言われる 鈴木先生なのだと後で知った。
「先生にお願いします。」医大に入院することになった。

そもそも どうして鈴木先生に診てもらうことになったのか 覚えていないほど 
それは異常なかったのに「甲状腺の検査をしましょう」ということで経過観察となり、
この度の乳ガン発見に繋がった。

家族からは「あの健康おタクのおばあちゃんが?・・」と言われるほど、食事にも気を付け、
健康には自信があった。 自分でもガンにはならないだろうと思い込んでいたのに・・・
手術前のいろいろな検査でも転移無し、こうなったら「まな板の上の鯉」状態です。

早く退院して、私にはやらなきゃいけないことがある
これが、前向き思考 ポジティブでいられた理由 そして 夕方の回診時ごとに先生がポケットから
小さな折鶴を取り出し、そっと置いていかれる・・・嬉しい! 元気をもらいます。

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でも退院して終りではなかった。

珍しいアポクリン癌 トリプルマイナスネガティブというタイプで抗癌剤治療をすることになったのです。
「私はポジティブな性格なのに、癌はネガティブだったんですね」なんて 初めは冗談を言ってたんだけど・・

でも早く見つかって良かった。考えてもいなかった抗癌剤治療も自然に受け入れた。副作用も比較的軽い方だと思う。

何よりも「今、どうしても作らなければならないものがある」という
目標があったことが大きな力になっていたと思う。
脳内モルヒネのエンドルフィンやドーパミン、セロトニン等が、夢中で制作しているときには出ていて 
痛みを抑え ポジティブ思考になれているのだろうと思います。

それにしても あの時に見つかったのは 運が良かった。

坂内義雄氏の胸像完成

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取り組んでいた 坂内義雄さんの胸像(70㎝)が完成しました。

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それまで皆生温泉を企画・開発されていた有本さんに変わって 
昭和9年に京都財界の有力者 坂内義雄さんが依頼を受けて
皆生温泉土地(株)社長となられ、今の皆生温泉を築かれたという。

明治生まれの坂内さんは、文化、観光、報道、経済、スポーツをはじめ、
社会事業、趣味の会に至るまで 官財界にも交友関係が広く、多くの人の尊敬と信頼を
一身に集められ、九州電力(九州電気)、関西電力、日本証券、日本繊維工業、京都新聞、
関西テレビ、日本テレビ、全日本観光連盟等多方面で活躍されたのだという。

しょっちゅう 九州方面、東京方面に移動されるので、中間どころの京都(永観堂)に住居があり、

 「正直であれ、ウソをつくな」

 「誠実に、陰日向なく働け」

 「悪いやつがいても、くよくよするな、自分が正しくやっていれば、悪い者は必ず自滅する。自然の理なんだ」

人には上下のへだてなく、親切で相手の身になって考える人だったといいます。

制作に取り掛かるとき、その時代背景や性格等を調べてから、そのイメージを作り上げていく
ことが多いのですが、この度は「坂内義雄の生涯」という本を読んで分かったことです。

こんな 立派な方がいらしたんだと・・少しでも坂内さんの人格、慈愛に満ちたまなざし、
威厳が表現できればと思いながら・・・何しろ一枚の写真から立体に起こすのは難しかった。

最後の仕上げは「サビカラー」で金属風仕上げにしましたが、
温度、湿度の関係で、随分、違ってくるので天気予報とにらめっこしながら・・・。
20年振りに使ったので勘がにぶり、早く拭き過ぎて、光ってしまったかな・・・。

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11月26日が坂内義雄さんの命日で、法要があり、皆生温泉観光(株)設立100周年と
いうことで、皆生温泉のOUランド内に事務所があり、OUランドに常設される予定です。

淀江傘継承200年展

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淀江傘継承200年展」が 淀江町の「傘伝承館」で始まった。

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10月30日オープニングセレモニーがあり、白鳳高校生による ”淀江さんこ節” や
傘踊りを披露、11月13日まで色とりどりの淀江傘約100本が
幻想的にライトアップされ、館内を彩っています。

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それに先だって10月20日~25日米子天満屋で250本の傘が展示されました。

昭和館巡回特別企画展

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「くらしにみる昭和の時代」島根展が松江テルサホールで始まりました。
10月29日~11月7日

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昭和館は、戦中・戦後に国民が経験した労苦を後世代に伝えるため、
昭和10年代から30年代までの歴史的資料を収集、保存、展示する国の施設です。

実物資料を活用した展覧会を全国各地で開催してほしいという要望を受けて、
2001年から巡回特別企画展が実施され 昨年は鳥取博物館でありました。
その折に、依頼を受けて作った「千人針」と「くつみがきの少年」が島根展でも展示されました。

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特別展示として、島根県出身の永井隆と加納莞蕾が取り上げられ、
加納佳世子さんの証言映像(オーラルヒストリー)も上映されています。 

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