人形作家 安部朱美 Blog ~ 風のささやき

人形作家 安部朱美のオフィシャルブログです。人形のこと、企画展のこと、そしてささやかな日々の出来事を気まぐれに綴っています。

Message

人形創りはいつの頃からか、自分の内面を探る作業ではないかと思うようになりました。 語り過ぎず、創り過ぎず、余白を作っておきたい。 観て下さる方、それぞれの想いを重ねてもらって人形が完成すると思うから。
          ―― 安部朱美

戸田海笛の超大作レリーフを米子に

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米子出身の彫刻家、戸田海笛(1888~1931年)の超大作レリーフ「喜怒哀楽の図」を、茨城県結城市から里帰りさせようと「帰郷100人委員会」ができて、私も微力ながら少しでもお役に立ちたいと、その末席に名を連らねさせて頂いたのですが・・・。

海笛は、藤田嗣治や佐伯祐三等とも交流がありましたが、昭和6年に43歳の若さでパリにて客死しました。

「喜怒哀楽の図」は宮家の要請により制作された人物365人と12の干支を配した、7.6×1.8mの大作で、その輸送及び修復費用等の募金目標額1,500万円。

1昨日、海笛の生涯をまとめた本「戸田海笛」の復刊を祝う会が開催されて、何と言うことか、スピーチすることになってしまった。
どうしよう、私など出る幕ではないのに・・・。

私がお願いする方は、1口(1,000円)、2口と小口ばかりです。

とにかく、一人でも多くの方に知っていただき、関心を持っていただくということも大切で、まず、一歩だろうと思い声をかけているうち、「本物を早く観たい」「本を買って読んだよ」
と反響も聞こえるようになった。

たとえ、1口でもご賛同下さった方たちのお気持ちを無駄にしたくない。

是非、実現させて多くの方に観てもらい「自分も関わったんだ」と誇りに思ってもらえたら・・・。

子供たちにも、郷土にこんな素晴らしい芸術家がいたんだと夢を育む子が出てくれたら・・・。

彫刻シンポジュームも、市民が企画、立ち上げ 20年間10回続いて、彫刻ロードにその実績が残っているし、民間の力で文化を育て支える街づくりの一つのきっかけになればと願っています。そんなことを話したと思う・・・。

※参考 日本海新聞ニュース
http://www.youtube.com/watch?v=SpeleS_M1D4

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故里 南部町とのご縁

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山陰情報誌「キラリ」の編集長 奥田英範さんが突然、立ち寄られた。

「次集 春号の特集で南部町を取材中なんですけど、坂本町長にお話を伺っていたら,
安部さんの話が出て、南部町出身だと聞いたもんですから・・・・・。」

今までも何回かキラリの取材を受けて、奥田編集長とは顔見知りの仲。

昨年 春、「祐生出会の館」で、町の依頼を受けて旧作展をさせて頂いたり、このところ、
何かと南部町がらみのご縁が続いている。

緑、木漏れ日、湧き水、せせらぎ、れんげ畑、桜土手・・・恵まれた自然の中で育まれた感性で、
こうして、今も人形を創らせて頂いているんだと思うこの頃です。

1999年、南部町総合福祉センターにブロンズ像「絆~明日への詩」を製作したのですが、
当時、(旧)西伯町の発展を願い、女の子が指している方向が、陽 昇る東方。
西伯町を担っていく子供たちが学ぶ小学校を指す筈だったのに、設置時にずれてしまいました。

でも、後で合併することになった(旧)会見町の方向を指していたんだと気がつきました。

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そんな話のついでに
「来年、秋から北鎌倉の古民家ミュージアムで常設展示がオープンすることになったんです。」
と言ったら、

一緒にいらしたライターの 日高むつみさんが
 「私、鎌倉に住んでいるんですよ、あの辺は散歩コースなんで、よく知っています。」

 「エー、鎌倉の方ですか!!・・・。」
なんと、本当は塩見佐恵子さんが担当の筈がご体調が悪く、急きょ、日高さんに変わられたんだとか。

そして又、米沢の上杉博物館で人形展をした時の偶然にしては・・・・・という
不思議なご縁の話をした時(3つもあるのです)

   「明日、南部町の長尾さんを訪ねることになっているんですが、ご先祖が上杉藩だったそうで・・・。」
   「エー!!、上杉藩?」

こんな、おもしろいご縁がいっぱい繋がってきました。

お食い初め

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長男に、3番目の孫 はるひが誕生して100日が過ぎ、ささやかですが「お食い初め」のお祝いをしました。

切迫流産しそうでママが入院し、ちょっと早めに生まれてきた はるひ、3ケ月程前は、小ちゃくて抱くのも恐るおそるだったのに、早いものです。

今では、首も座り 声のする方をしっかり見つめ「ウーウー」と相づちをうつような様子

特に、齢の離れた お兄ちゃん、お姉ちゃんの声に よく反応し 笑顔を見せる。
このエンジェルスマイルに、皆が引き込まれ、和み、笑顔の輪ができる。

はるひの笑顔に、アルツハイマーの母でも、思わず笑顔で話しかけている。
これは人の本能だと思う。赤ちゃんの笑顔はそんな力を持っている。

虐待事件が後を絶たない、母性・父性の喪失・・・
今の社会情勢を考えたとき、やはり、昭和にヒントが詰まっていると確信するようになった。

子供たちは、外でのびのびと暗くなるまで思いっきり遊んでいた。
けんかをしたり、仲直りをしつつ友情を育み、地域の大人も優しく、時には厳しく見守った。

失敗や悲しさ、辛さ、挫折等の負の体験も人間として、生長の大きな糧となる。

そうした様々な体験を通して、強く、たくましく、思いやりの心を育み、理屈や知識では得られない“生きる力”が養われるのだと思う。

受精卵という一つの細胞がどんどん分裂を繰り返し、60兆の細胞となり、一人の意思を持つ人間に成長することに神秘さえ感ずる。

命を繋いで生まれてくる子供たち、夢と希望ある明るい未来でありますように・・・。

そんなことを願いながら、昭和の人形を創ってきました。
そして、これからも・・・・・。

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