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人形作家 安部朱美 Blog ~ 風のささやき

人形作家 安部朱美のオフィシャルブログです。人形のこと、企画展のこと、そしてささやかな日々の出来事を気まぐれに綴っています。

Message

人形創りはいつの頃からか、自分の内面を探る作業ではないかと思うようになりました。 語り過ぎず、創り過ぎず、余白を作っておきたい。 観て下さる方、それぞれの想いを重ねてもらって人形が完成すると思うから。
           安部朱美

坂内義雄氏胸像の御祈祷式

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11月26日、「いい風呂の日」でもあり、皆生温泉 中興の祖といわれる 坂内義雄氏の命日
皆生温泉観光(株)OUランド 坂内義雄氏 胸像の前で御祈祷式があり、参列しました。

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( 御祈祷式 )

今の社長 坂内和孝氏のご祖父で
昭和初期、皆生海岸の浸食が進み暴風雨のたびに波浪浸食があり、
源泉や温泉設備が流出し、皆生温泉の湯元としての会社経営が行き詰まった時、
窮地にあった皆生温泉から要請を受け、私財を投じて温泉の灯を守られた方です。

京都に在住で 日本証券、京都新聞など数々の企業の社長、会長などの要職に就かれ 
多方面に顔が広く、温厚で寛容な人格者だったそうです。

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( 坂内義雄氏胸像  )

皆生温泉観光(株)100周年に、ご依頼を受け3年前に製作しました。
湿度がある場所で、青さびの出方を心配していましたが、
まず、この程度ならいいかな・・・。

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坂内義雄氏胸像への入魂清祓い神事

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11月26日、皆生温泉観光(株)皆生OUランド内で、
昨年、制作した 坂内義雄氏胸像への「入魂清祓い神事」がありました。

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( 入魂清祓い神事 )

昨年、この胸像制作に当たり、坂内義雄氏がどういう方なのかと、
その性格や背景をまず知ってからと資料を拝見して、数々の企業の社長
会長などの要職に就かれ、多方面に顔が広く、温厚で寛容な人格者だった。

そして、生涯を人のため、社会のために尽くされ、たくさんの功績を残されたそうで、
皆生温泉開発もそのひとつでした。
こんな方がいらっしゃったんだと感動しながら創らせて頂いたんだけど、
正面から写したたった一枚の写真から立体に起こすことは大変で、

しかもその人格が少しでも表現できればと思いながら・・・
抗癌剤治療中だったけど、そのお陰で副作用も軽く感じられた。
ちょうど一年前に完成、設置されたんだけど、その後 青さびの程度がどんな風に
なったんだろうと気になっていましたが、少し味がでてきたのかな?

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( 坂内義雄氏胸像1 )

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( 坂内義雄氏胸像2 )

この日は 坂内義雄氏の命日でもあり、「いい風呂の日」で、
車尾の貴布禰神社宮司さまにより 入魂清祓い神事が行われました。

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きっかけは ブログのメッセージから

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千葉県在住の86歳 元大手の商社マンだった方から、9月上旬、一通の手紙が届いた。

  様々な原因で人が追い詰められたとき、
  その緊張をほぐす役のできるオモチャ、人形を探していた。
  自分は貿易屋なので、世界中を探せばなんとか集められるだろうと動いたけど、
  希望通りの物を得るのは不可能だった。
  創作人形の世界もいろいろと探したけど期待外れ。


そんなある日、インターネット上で 安部朱美のブログと出会い、
驚いて作品集を取り寄せられ、ブログ上にメールをいただいた。
昭和館などにも人形を見に行って下さったそうで・・・

  そして、コロナが一段落したら 人形たちにゆっくり合いに行きます。
  米子の海も見たい、私はとにかく海が好きです。


そういう形で、私の人形に目を止めて下さったことは嬉しかった。

その一ヶ月後、電話があり米子にお二人がいらっしゃった。
お一方は鎌倉在住で島根県出身、元大手ゼネコン勤務だった方
人形が常設されてる山陰歴史館、皆生OUランド、米子市観光センター、
キナルなんぶ にご案内し、我家に来ていただいた。

車中や食事の時、駐在されていた中国や北朝鮮のお話などを、大変興味深くお聴きした。

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( キナルなんぶ(南部町) )

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( 加納美術館(安来市) )

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( 皆生OUランド(米子市) )

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( 米子観光センター(米子市) )

「今年元旦にNHKの番組で、米子城跡は《絶景最強の城》に選ばれたんですよ」と何気なく言ったら、

「妻方に"荒尾”という親戚がありますよ」と島根県出身の方、
エッー! そういえば 米子城主で荒尾姓は聴いたことがある…

後日、米子城主のことを確かめようと
「米子の歴史」「鳥取藩池田家の殿様」などの本に目を通していくうちに

 ~目からうろこ(鱗)~

荒尾氏をきっかけにして急に視野が開け、今まで知らなかった身近な歴史が、実態が、
分かってきたような気がする。
岡山から鳥取へ
お国替えとなった池田光仲公(3才)の筆頭家老 荒尾氏が藩政の中心となり切盛りした。
そして米子城主を預かった。

そういえば、池田光仲公が始めたといわれる「麒麟獅子舞」を30年前に作ったことがある…

わざわざ米子に来られ、はじめてお会いしたお二人のお陰で 
72才にして また又 新鮮な学びをさせて頂いた。

OUランドに胸像設置

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皆生温泉観光 創立100周年記念としてご依頼を受けて制作した 
坂内義雄氏の胸像が、命日である11月26日に「OUランド」に設置されました。

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現社長 坂内和孝氏はそのお孫さんで、3歳の時 1960年11月26日に他界された。
関西財界の重鎮だった 坂内氏は昭和初期 不況や自然災害で窮地にあった
皆生温泉から要請を受け、私財を投じて皆生温泉発展の礎を築かれた。

今は、2尊目の「鑑真和上」を制作中です。
6月に山形県酒田市の光傳寺さんに「鑑真和上」像はお届けしたのですが、
ご友人である遊佐町の長泉院さんにもご依頼をいただいていて、
鑑真和上という高僧の深い精神性を思い出しながら取り組んでいるところです。