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人形作家 安部朱美 Blog ~ 風のささやき

人形作家 安部朱美のオフィシャルブログです。人形のこと、企画展のこと、そしてささやかな日々の出来事を気まぐれに綴っています。

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人形創りはいつの頃からか、自分の内面を探る作業ではないかと思うようになりました。 語り過ぎず、創り過ぎず、余白を作っておきたい。 観て下さる方、それぞれの想いを重ねてもらって人形が完成すると思うから。
           安部朱美

乾女さんの香合を戴いた!

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メールを下さった小田川さん、円覚寺に奉納した「坐禅」人形をご覧下さったんですね、有難うございました。

先日、尾形乾女(奈美)さんの甥御さんから小包が届き、中には、“福ら雀”の香合が入っていました。
お手紙には、乾女さん傘寿記念の作品で、鎌倉には機会を見て、是非拝見に行きたいと書いてありました。
本人も天国で喜んでいることと思う とも・・・。
感激です!

乾女さんの作品を頂戴するなんて思いもしなかった。・・・嬉しい!

乾女さんをお創りするに当たって、
陶芸家・尾形乾山六世のお孫さんで、尾形乾女(奈美)さんの甥御さんに、北鎌倉古民家ミュージアムの長谷川館長が連絡を取って下さり、写真をお借りしていました。

人形展をご覧いただいたことがあったらしく、とても喜んで下さったと聞いていた。

人形が出来上がり、展示しましたと写真を同封してお礼状を差し上げていたのです。

画家・尾形光琳の弟、(初代)乾山から数えて六代目が父上で、「尾形乾山名跡」は完結の記念展を没後50周年目の昭和48年に、バーナード・リーチや富本憲吉、浜田庄司等の後押しで、娘の乾女さんが行われたという。

乾女さんは、晩年を北鎌倉で過ごし、96歳で亡くなられたそうです。

頂いた香合、大切にします。

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今年も後、僅かとなり、あせっています。
今は、来年1月5日から米子高島屋で始まる、「第9回薔薇ばら展」に向けての作品創りです。

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常設展始まりました

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9月19日から、北鎌倉古民家ミュージアムで、常設展示が始まりました。

入口の2階を改造した、こじんまりとした空間だけど・・・
いい雰囲気で、思っていたよりは多く収まりました。
長谷川館長に感謝です。
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それに先立ち、18日、円覚寺に「坐禅」を奉納させて頂きました。
多くの不思議なご縁が繋がって、円覚寺管長様にご縁をいただき、創った「坐禅」・・・。

そもそも 禅について、無知で無関心だった私が・・・。
人生の転機となった 京都 宝鏡寺は、鎌倉時代に遡って円覚寺とご縁があったということも後で分り・・・。

皇族ゆかりの人形を公開展示、50周年記念としての人形公募展がなかったら、今の私はなかったのです。

サムシング・グレートの導きとしか考えれないような縁、円覚寺さんも喜んでくださり、近いうちに公開されるということです。

そして、初日に 管長 南嶺老師が会場にお越しくださり、
「近くにこんな場所があるとは知らなかった。」とおっしゃりながら観て廻られた。

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この度の企画展示「絣展」(9月19日~10月25日)もなかなかの見応えがあります。
そこにも絣に合った人形を展示中です。

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『尾形乾女さん』
ギリギリまで、小物を作ったりと・・・やっと間に合いました。

作品が落ち着いた場所は、一階売店の奥、このミュージアム(旧古陶美術館)が建つ前に、この場所に離れがあり、奈美さん(乾女)はちょうどこの場所で寝起きされていたと、長谷川館長も後で気が付かれた。

これまた、何と不思議なご縁・・・。
奈美さんの父上は陶芸家 尾形乾山六世 で、奈美さんは乾山名跡、最後の一人です。

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「尾形乾女」さん制作中

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今、「尾形乾女」さんに取り組んでいます。

陶芸家 尾形乾山の系譜を引く最後の一人、奈美さん。 

帝展で入選するなど画家として活躍、やきものの道へ本格的に進むことを、父 六世乾山のお弟子さんだった、バーナード・リーチ富本憲吉(後に民芸運動に深く関わった)が薦め、支えていったのだそうです。

奈美さんが、晩年暮らし、最後の制作活動を行った北鎌倉。
9月19日より、人形の常設展示が始まる。 
北鎌倉古民家ミュージアムが平成9年にオープンするまで、長谷川館長のお父上がこの敷地内に窯を持ち、制作の場を提供し、高齢になった 奈美さんの身を案じて、実の親子のように一緒に晩年の数年間を過ごされたそうです。

そして、人形としてお創りすることになりました。
これもご縁です。

名のある系譜の中に身を置きながら、奢ることなく、最後まで控えめで慎ましく、まるで仏様のように慈愛に満ちた方だったと、長谷川さんはおっしゃいます。
それでいて、洒落っ気があり楽しい方だったと・・・。

なんと難しい!。

そんなオーラを、どうしたら出せるんだろう・・・。

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(写真 北鎌倉古民家ミュージアム(旧・鎌倉古陶美術館) )

尾形乾女さんに取り組んで

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脳の視床下部から出るホルモンの一種「エンドルフィン」は快感、陶酔感をもたらし、
痛みを和らげる鎮痛作用はモルヒネの30倍もあって、音楽療法にも取り上げられ、
免疫系を左右したり、創造性と深く関係しているらしい。

どうやら、私も脳内にエンドルフィンが多量に出続けていて、
もしかして中毒症状に?・・・

どこかに出かけても早く帰って人形を創りたい。

美味しいものを食べるより人形と向き合いたい。

人形に打ち込んでいると「つるの恩返し」のおつうのようにやつれ果て、老化現象も感じるけど、
でも、この陶酔感は脳内モルヒネ、エンドルフィン?・・・

尾形乾女さん

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「坐禅」同様、来秋からの常設展示に向けて縁あってお創りすることになった「尾形乾女さん」

琳派の巨匠、尾形光琳の弟で陶芸家、尾形乾山の系譜を引いた最後の一人で、日本画家であり陶芸家、北鎌倉で晩年の創作活動をされていた。

“鎌倉古陶美術館”(現古民家ミュージアム)が平成9年にオープンするまで、現・長谷川館長のお父上の窯場があり、高齢になった尾形奈美(乾女)さんの身を案じて敷地内に制作の場を提供し、寝食も共にしながら実の親子のように、晩年の数年間を過ごされたのだそうです。

バーナード・リーチや富本憲吉は、父・六世乾山のお弟子さんで、奈美さんを支え七世を継ぐことを薦めたのだけれど、自分は、乾山七世の名に値しないと、昭和44年、乾山名跡六世で完結を世に宣して、ご自身は女性ゆえ「乾女」と名乗られたという。

名のある系譜の中に身を置きながら、奢ることなく最後まで控えめで慎ましい暮らしを送られた奈美さん、温厚で優しく、まるで仏様のように慈愛に満ちた方だったそうです。

残っている写真は一枚しかないけど、資料を探し、こういった背景を知り、時間をかけてイメージを温め、膨らませ、座禅同様、心して創らせていただこうと肝に銘じました。

不思議なご縁に導かれるように・・・

実は、始めは同時代に生き、同じく北鎌倉に暮らしていらした女流画家を、創らせていただきたいと願っていた。

この事を長谷川館長に話した時、「親しくしておられた乾女さんも一緒に創ってもらえませんか。」と、7月、米子に帰る時に、本を二冊渡されたことから繋がった。

お二人とも、奢ることなく、温厚で優しいご性格、生き方は共通点があると感じています。
いつか、もう一人の女流作家も創らせて頂くご縁ができればと思っています。

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日本橋三越本店で開催された尾形乾女作陶展図録

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同図録掲載ページより抜粋