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人形作家 安部朱美 Blog ~ 風のささやき

人形作家 安部朱美のオフィシャルブログです。人形のこと、企画展のこと、そしてささやかな日々の出来事を気まぐれに綴っています。

Message

人形創りはいつの頃からか、自分の内面を探る作業ではないかと思うようになりました。 語り過ぎず、創り過ぎず、余白を作っておきたい。 観て下さる方、それぞれの想いを重ねてもらって人形が完成すると思うから。
          ―― 安部朱美

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今年もいろいろありそうです

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新しい年が穏やかに開けました。
と思いきや、熊本でまた地震が起き、
孫が大腿骨を骨折、下あご裂傷で約3時間の手術を受け、
最低1ケ月は入院となりました。

「過ぎたことをあれこれ悩まないで、これから先の事もクヨクヨ悩まない!
今、できることを考えてやっていこうね。」「せめて、頭や顔でなくて良かった。」

・・・ 半ば、自分に言い聞かせるように、今年もいろいろありそうです。

フィリピンにお渡しする「平和への願い」の人形は完成し、
2月末に私も一緒に行くことになりました。

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( BSS取材撮影 )

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(「平和への願い」)

そして、今、別の人形を製作中です。「僕らの秘密基地」

4月26日~6月2日 昭和に思いを馳せて、ブリキのおもちゃ博物館長の
北原照久氏のコレクションとのコラボ作品展を米子美術館ですることになりました。

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ホテル「舞浜ユーラシア」展示替え

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ディズニーリゾートを一望できる浦安のホテル「舞浜ユーラシア」にある 
安部朱美ギャラリーの展示替えに行ってきました。

温泉スパ棟の入口近くにあって、リピート客も多くいらっしゃるということで、
年2回位入れ替えすることになっていました。

「家族~命つないで」に替り、
すべてを温かく包み込むような広く深い愛を母性に託して、
象徴的に表現した「母子像」を4点展示しました。

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その後、直ぐに興味深そうに熱心に見ている一人の女の子がいました。

話しかけるとその子は一年生で絵を描いたり、いろいろと作ることも大好きと
いうことで「何を使って作ったんですか?」「どうやって?」と質問されました。

嬉しくなって、いろいろ話しているうち「何処から来たの?」と聞くと
「中国です」「エッ 中国?日本語がお上手ね」「3歳まで日本にいたの」
ご両親とおじいちゃん、4人でディズニーランドに・・・。
それにしても日本語が上手だった。

2018_12_22_1.jpg

折角の機会です。鎌倉まで足をのばして円覚寺にご挨拶・・・。
いつもに増して、なんと人出の多いこと、前もってお伝えしていたので宗務本所に。

横田南嶺管長様は、花園大学総長もされてご多忙の中、この度はご都合を
つけてくださいました。

春日大社の宮司様と不思議なご縁で繋がり、宝鏡寺門跡にご報告に伺った日が
ちょうど如大さんの命日でした。と言いますと「ああ!如大さんね」とよくご存じの
ご様子。

如大さんは鎌倉時代、円覚寺開山の無学祖元禅師に学び得度を受けた
臨済宗初の尼僧で、その頃、京の都で栄えた京尼五山の筆頭 敬愛寺を
開山(応仁の乱で焼失)その六代目が宝鏡寺を開山された。

加納莞蕾さんとキリノ大統領のことを話したら、とても関心を示され、
鎌倉大仏の脇にはスリランカ前大統領顕彰碑があり、碑文のお話をされました。

人はただ愛によってのみ 憎しみを超えられる
人は憎しみによっては  憎しみを超えられない


宗教、教義は違っても人を救うという目的は一致していると、
管長ご自身が京都マラソンの<宗教者マラソン>で10キロを走られ
イスラム教にタスキを渡されたこともあります。

京都・奈良へご挨拶の旅

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今年も11月28日・29日、近況報告 ご挨拶目的で行った京都・奈良、
「参拝してよかった!」と思えた有意義な旅となりました。

まず、清水寺
この時季の京都は多くの人でごった返し、約束の時間に遅れないよう
焦ったけど11時前に到着、間に合いました。
寺務所で福岡副事務長さん、日向での懐かしい話などで西田事務長さんと歓談
そして、森清範貫主から安部の「安」と揮毫された扇子を頂戴して感激しました。

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 (森清範貫主揮毫の扇子  )

次に、宝鏡寺門跡
手紙でお知らせしていたのだけど、何と言ってもこの度の話題は、「大山開山1300年祭」
の記念式典で不思議なご縁をいただいた、春日大社宮司 花山院様の伯母様のことでした。

先々代のご門跡で、61年前に皇室ゆかりの(室町時代からの歴代天皇から贈られた)人形
を公開展示することを決められ、人形寺と称されるようになったということです。

花山院宮司様からのお電話でもお聴きしていたけど、
今迄ないことに、この1~2ヶ月間に会合や駅などでお会いになったそうです。

28日は丁度、鎌倉時代臨済宗初の尼僧如大さんの命日に当たるということで、また又ご縁が・・・
(宗教にも禅にも無知だった私が、不思議なご縁が繋がり
坐禅人形を創ったのも、如大さんのお導き?)

「来年夏に加納美術館で人形展をすることになりました」と言ったら、
「行ってみたい」「その頃なら行けるかもしれない」とおしゃった。
エー! ほんとうですか?、それなら是非ご案内します。

翌日29日は春日大社へ
花山院宮司様は、その日もご多忙の中、10時20分にとご指定下さり早めに社務所に伺うと、
巫女さんに案内され貴賓館の一部屋でお待ちした。

宮司様は門跡寺院や尼門跡のこと、その歴史やら春日大社についてもいろいろとお話しくださった。

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 (花山院宮司 様 )

「伯母様が人形展を始められなかったら、今の私はございません。一地方作家で終わって、昭和
の人形も作っていませんでした。」と言いますと、
「関西でも人形展されましたか?、テレビで見たことがありますよ」とおっしゃったので、
「京都駅美術館と大阪近鉄百貨店でもしたことがあります。」
「ああ、それでだ!印象に残る人形ですよ。」
なんと嬉しいお言葉・・・それにしても6年前のことです。

「伯母の釣燈籠もありますから案内させます。」と言ってくださった。

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 (大聖寺門跡 寄進釣燈籠 )

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 (3千基もある燈籠の一部(宇喜多秀家、直江兼続) 

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 (ご案内を頂きました )


春日大社は今年が1250年祭に当たりますが、20年毎に遷宮があり、宝庫天井から発見された
刃剣が「伯耆国安綱」作とわかり、「大山開山1300年祭に是非貸せて頂きたい。」と平井知事が
お願いに行かれて、期間中、米子美術館に展示されました。

そこで記念式典にご招待された春日大社宮司様の隣にたまたま私がいて、名刺交換する時、
数種類作っていた中から「母ちゃん読んで」(宝鏡寺公募展で大賞)の名刺をお渡しした。
そしてご縁が繋がった。

法中の特別授業を終えて

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11月16日で法勝寺中学校での特別授業は終わりました。
「今日で、この授業は終わりです。完成してない人は、お昼休憩に
美術室に来て作ってもいいですよ」とB先生。

美術の授業ではあまりやらないことを、自由な発想で挑戦できて、
図工の苦手な子でも楽しみながら作れる物をと、考えた取り組みでした。

液状にした粘土に、レース、タオル等の布や毛糸、木綿糸等を浸して
形を作るのですが、漠然として分かりにくかったかもしれない。

もっと簡単な物にすれば良かったと悔やんだ時もありましたが、
回数を重ねる度に、みんな楽しそうにやっている。

それぞれのやり方で違う物に取り組んでいる、中には独創的な作品も、
これこそ自由な発想で・・・みんなすごい!

やっと面白くなってきて、時間さえあればもっと変化して完成度も
上がるだろうけど、限られた授業時間です。

そこが私の認識不足、反省点もたくさんありました。

最初の実演で、もっと分かりやすく、伝わりやすく、すればよかった。

個々に廻って指導するときも、子供たちに「どうしようと思ってるの?」と尋ね、
やらされ感ではなく、その子の意志を尊重して、と思っていたんだけど

何しろ短時間、全員に声をかけたつもりでも、
もしかして、1回も声かけしなかった子がいたかもしれない。

家に帰ってからも「こうしたらと言ったけど・・・あの子は違うことを考えていたのかも・・・」
「あそこは、もっと丁寧に教えてあげれば良かった」
「ほんの少し手を加えると見栄えは良くなるんだけど」

もう一歩踏み込んで指導できれば・・・、と反省ばかり・・・。

そして、始めから液状にした粘土に色付けしておくと後の仕上げが楽なんだけど、
諸事情で、できなかったことは残念です。

でも、0から考えて形にすることの難しさに挑戦してくれた 2年A組B組のこどもたち、
ほかの人たちが見て「なに、コレ!」と言われても、私は知ってるよ、

一生懸命に考え、取り組んでいたこと、他の人のマネではなく
たとえ、思っていたようにできなくても、その考える過程が大事だと思います。

また、いつか、周りにある物を目にして「コレと粘土を組み合わせたらどうなるだろう?」
「アレを使ってみたら良かったな」などと、考えてもらえたら嬉しいな・・・。

そういうことが、そのうち、違う視点、違う角度から物事を見れるように繋がっていけば・・・。

12月にもう1回、A組B組合同で、みんなに最後のお話をする機会があるそうです。

みんなと出会えてよかった!

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(写真: 生徒の出来上がった作品の一部です  )

~ 赦し難きを赦す 世界の平和を求めて~

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国際協調のリーダーとして一目おかれていた メルケル・ドイツ首相が政界を
去ることになったと報道された。

トランプ米大統領の一国主義にはじまり、
ブラジル、イタリア等でも極右政党が力を伸ばし、世界各国でポピュリズムが
躍進して、利己的で不寛容なニュースが多い。

そして、紛争は絶え間なく、増え続ける難民の多さ、人類の普遍的原理
である筈の平和、平等、博愛を基調とした活動は国際社会で隅っこに
追いやられてしまうのではと、

青くて遠い空を見上げながら、井の中の蛙である私でも「これから、どんな
世界になっていくだろうか・・・」と考えてしまう。

第2次世界大戦後の1953年、当時のフィリピン大統領エルピィオ・キリノ氏
は妻子4人他5人の家族を日本兵に殺されたにも拘わらず 日本人戦犯105人
を赦免した。

彼等を赦そうとはよもや思ってもみなかった。
私は、私の子供や国民が、やがてはわが国の恒久の
利益の友となるかもしれない、
日本人に対する増悪の念を残さないためにこれを行うのである。
やはり、我々は隣国となる運命なのだ


~赦し難きを赦す 憎しみの連鎖を断つ~

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 (写真 説明:世界平和を願う記念碑(加納美術館)   )

安来市出身の画家 加納莞蕾は4年半にわたって赦免嘆願運動を続け
「赦し難きを赦す」ことこそ、世界平和を築く教訓になると訴え続け、

戦犯赦免後も、その帰結点を「世界児童憲章」とし、

「すべては、平和のために、そして全世界の児童のためにキリノ前大統領が
戦犯を許した。そのモラルは永遠に全人類の胸に焼き付けねばならない。」と
世界の多くの指導者にも書簡を送り、その数は230通余に及んだそうです。

莞蕾の4女で加納美術館名誉館長 加納佳世子さんとご縁ができ、
フィリピンのキリノ財団にお渡しする人形
「平和の希い~赦し難きを赦す」を心を込めて製作中です。

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